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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10764号 判決 1976年10月22日

原告 甲野花子

<ほか二名>

原告ら訴訟代理人弁護士 三淵乾太郎

同 我妻源二郎

同 正田昌孝

被告 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 古川太三郎

同 平林良章

同 佐藤充宏

主文

一  被告は原告甲野花子に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年一二月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野花子のその余の請求及び原告丙川咲子、同丁田園子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告甲野花子と被告との間に生じたものは、これを七分しその一を被告の、その余を原告の負担とし、原告丙川咲子、同丁田園子と被告との間に生じたものはそれぞれ、原告丙川咲子、同丁田園子の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の主張

一  請求の趣旨

(一)  被告は、別紙第一目録(二)、(三)、(四)記載の各不動産につき、原告甲野花子に対して一五分の五、同丙川咲子、同丁田園子に対して、それぞれ一五分の四の共有持分移転登記手続をせよ。

(二)  もし、前項の請求に応じられないならば、被告は、原告甲野花子に対し金一、〇二九万円、同丙川咲子、同丁田園子に対しそれぞれ金八二三万円、及び右各金員に対する昭和四七年一二月二二日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告は、原告甲野花子に対し、金一、〇〇〇万円及び内金五〇〇万円については昭和四七年一二月二二日から、残額五〇〇万円については昭和五一年五月一四日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第二、第三項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一  まず、原告ら主張の遺留分減殺請求につき判断する。原告花子と訴外太郎は、大正三年八月三〇日婚姻し、原告咲子、同園子をもうけたこと、被告は、昭和三一、二年頃訴外太郎と情を通じ昭和三四年一一月二八日訴外太郎の子一郎を産み(同人は昭和三五年五月二八日訴外太郎から認知された)、昭和三六年六月頃から訴外太郎と同棲したこと、訴外太郎は明治二二年五月二七日生まれで、原告花子と婚姻後検事に任官し、△△地検検事正、○○高検検事長を歴任後、昭和二一年退官し、その後は東京都内で弁護士をしていたが、昭和四七年六月三日八三歳で死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、登記簿上、別紙第一目録(一)の宅地建物は、被告が昭和三五年六月二五日売買により取得した旨、同(二)の宅地は、被告が昭和三六年九月七日訴外太郎から売買により取得した旨表示され、同(三)の建物は昭和四三年一一月一五日付被告名義で保存登記がなされていること、同(四)の宅地は、被告が昭和四三年一二月一三日訴外太郎から売買により取得した旨表示されていることが認められる。ただし、同(三)の建物については、≪証拠省略≫によれば、昭和三六年建築され、右建築費の支払いは被告名義でなされていること、遅くとも、昭和三九年度以降税務申告にあたっては、右建物を賃貸して得る収入については被告名義でなされていることが認められ、これに反する証拠はない。

二  ≪証拠省略≫を総合すれば、訴外太郎は、開業以来刑事畑の弁護士として活躍し、その収入状況は、昭和三九年度金五一三万七、九七六円(事業収入金四九一万八、一三二円、経費控除後の所得金二二一万四、八八五円)、昭和四〇年度金五六九万四、七四一円(事業収入金五一六万五、一七四円、経費控除後の所得金二四八万九、五八二円)、昭和四一年度金九三〇万四、七八六円(事業収入金八七八万一、九九八円、経費控除後の所得金四三二万七、八六二円)、昭和四二年度金六九二万七、六七三円(事業収入金六四三万四六五円、経費控除後の所得金三五五万七、八八四円)、昭和四三年度金八五二万八、二二六円(事業収入金五二〇万五、七九九円、経費控除後の所得金三四一万三、九五九円)、昭和四四年度金四三二万三、六七七円(事業収入金三九一万九、九九九円、経費控除後の所得金二六一万六、二七五円)、昭和四五年度金二七二万九、七二五円(事業収入金二四〇万七、七七七円、経費控除後の所得金一六七万四、七〇六円)、昭和四六年度金二六六万五、六三六円(事業収入金二一六万二、二二一円、経費控除後の所得金一六一万五、二一九円)、であり、昭和四四年以降医療費控除を受けた金額が、昭和四四年度金二六一万六、二七五円、昭和四五年度金一八二万四、二一五円、昭和四六年金一五〇万三、一四〇円であったこと、訴外太郎は明治二二年五月二七日生まれであるが、昭和三四年一一月二八日被告との間に訴外一郎をもうけるとともに、その後も非常に健康で、昭和四三年七月水泳に行った際風邪に罹りその後しだいに体の自由を失うようになって同年一一月弁護士事務所を他に譲るまでは一応弁護士業務をなしていたが、昭和四四年四月、一時危篤状態に陥り、その後小康を得たもののその収入は専ら顧問料に頼る生活であったことが認められ、これに反する証拠はない。なお原告らは、訴外太郎の行動について昭和三四年頃から脳軟化症による異常な行動が目立つようになった旨主張し、それに副う≪証拠省略≫があるが、訴外太郎が脳軟化症である旨の供述は単なる臆測にすぎず、訴外太郎の一連の行動はかならずしも脳軟化症によるものとは考えられない。

三  ところで、遺留分算定の基礎となる財産は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して、これを算定するものであり、右贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限るものの、それ以前にしたものでも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってなした贈与は算入されるところ、右「損害を加えることを知ってなした贈与」であるか否かは、贈与財産の全財産に対する割合だけではなく、贈与の時期、贈与者の年齢、健康状態、職業などから将来財産が増加する可能性が少ないことを認識してなされた贈与であるか否かによるものと解すべきであり、前記認定の諸事情を総合考慮すると、仮に第一目録記載の物件が訴外太郎の所有に属したものであり、被告名義となった日(ただし同目録(三)の建物については、右前提のもとにおいても、遅くとも昭和三九年には贈与されたものとみるべきである)に被告に贈与されたものであるとしても、同目録(一)ないし(三)の物件については、とうてい「損害を加えることを知ってなした贈与」ということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はなく、また、同目録(四)の物件については、仮に損害を加えることを知ってなした贈与でありその評価が原告ら主張のとおりであるとしても別紙第二目録(五)、(六)の財産が訴外太郎の遺産に属することは当事者間に争いがなく、原告ら主張の評価と対比すれば同目録(四)の物件の贈与が遺留分を侵害するものでないことが明らかである。そうだとすれば、原告ら主張のその余の点につき判断するまでもなく原告らの遺留分減殺請求は理由がないといわなければならない。

四  次に、原告花子の慰謝料請求につき判断する。原告花子は、大正三年八月三〇日訴外太郎と婚姻し、原告咲子、同園子をもうけたこと、被告は、大正一一年二月二八日生まれで、東京都豊島区○○○において料亭「A」を営んでいた父秋男、母夏子の三女であるが、昭和三一、二年頃、右料亭に出入りしていた訴外太郎に妻子があることを知りながら同人と情を通じ、昭和三四年一一月二八日訴外太郎との間に一郎をもうけたこと、訴外太郎は、昭和三五年五月二八日訴外一郎を認知したうえ、昭和三六年五月頃、原告花子に無断で、夫婦の住居として使用してきた大田区○○○の宅地建物を売却して、同年六月頃から別紙第一目録(一)の宅地建物において、被告と同棲し、以後、死亡するまで同居していたことは当事者間に争いがない。

五  ≪証拠省略≫を総合すれば、訴外太郎は、昭和三一年頃から原告花子の言動に干渉を加えるとともに、しだいに暴力的言動をとるようになり、原告花子が訴外太郎に他の女性がいるのではないかと疑いをもったころから、自己の書斎や寝室に鍵をかけるようになり、原告花子も自己の寝室に鍵をかけるようになったこと、原告花子は、昭和三五年頃訴外一郎のこと及び被告の存在を知り、原告咲子、同園子の夫らに訴外太郎との財産分けの話の仲介に立ってもらったこと、その後太郎が軽井沢の土地を第三者に売却しようとしていたことから原告花子との間に訴訟事件が起きたこと、昭和三六年、訴外太郎は、原告花子を相手に家事調停の申立をしようとしたが、第三者に思いとどまるよう言われ申立はしなかったものの、原告花子と生活していた大田区○○○の宅地建物を第三者に売却し、間もなく、被告と同棲するようになったこと、原告花子は、訴外太郎が大田区○○○の宅地建物を売却した後、原告園子のもとにやっかいになったが、その後原告咲子の世話になり現在に至っていることがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。

六  以上の事実によれば、原告花子と訴外太郎の婚姻関係が破綻するに至った原因は、訴外太郎と被告との肉体関係に起因するものというべく、右についての責任は主に訴外太郎にあることはいうまでもないが、同人に妻子があることを知りながら情を通じた被告にも一半の責任があることはこれまた明らかであり、原告花子の置かれた状況等諸般の事情を考慮すると原告花子の精神的苦痛を慰謝するには金三〇〇万円が相当である。(なお、原告花子は、訴外太郎の被告に対する別紙第一目録(一)ないし(四)の贈与がなかったならば、原告花子は訴外太郎の死亡により右不動産をその相続分に応じて相続しえたはずであり、本件慰謝料の中に、右喪失した相続により得べかりし利益を考慮に入れるべきである旨主張するが、右は独自の見解であって当裁判所はこれを採用しない。)

七  以上により明らかなごとく、原告らの遺留分減殺に基づく持分移転登記手続請求は理由がないので棄却し、原告花子の慰謝料請求については金三〇〇万円と、これに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和四七年一二月二二日から支払い済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 小川良三 横山秀憲)

<以下省略>

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